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「こんな俺だから、支えてくれる人がいる」自称 ダメ人間が提案する、心の拠り所で生きるという選択
インタビュー

「こんな俺だから、支えてくれる人がいる」自称 ダメ人間が提案する、心の拠り所で生きるという選択

大学卒業後、大手メーカーに勤務したのち、2016年から現在にかけて東京を拠点に “発信” を生業にする、るってぃさん。「遊びや趣味のつもりでしていたこと(発信)に、いつのまにかスポンサーがついて仕事になった」という、おそらく多くの人にとって理想的でありながら、なかなか実現できないようなキャリアの持ち主です。ブロガーやツイッタラーとして活躍しているにもかかわらず、当の本人は、「ダメ人間」「ただの無職」と自称し、「アホなことばっかりしてるんす」と強調するなど、とにかく ”かっこつけない“ ことに余念がない。

そこで今回は、るってぃさんの、”かっこつけない” 哲学に迫ることにしました。どうして発信をするようになったのか、発信を通じてなにをしたいのか。そして今後はなにをしたいのか。ご自身の原点にさかのぼっていただきながら、るってぃさんの発信のスタンスを探ります。

Interview / インフルエンサーラボ編集長 日比朝子 (@Solshka)

プロフィール

プロ無職 るってぃ

1991年生まれ、石川県出身のるってぃさんは、大学卒業後大手メーカーに勤めるも、10ヶ月で退社。2年前よりフリーランスとして独立。現在はコンテンツ制作やWebメディア「プロ無職」の運営、このほか企業とタイアップした様々なプロジェクトを企画、実施されています。

「他校の女子にモテたくて」高2ではじめた ブログが原点

日比:ツイート数・フォロワー数ともに1万超え。るってぃさんのツイッターアカウントは、発信の量も、その影響力もすごいですよね!ここまで影響力を持つようになった背景を教えてください。

るってぃさん(以下、敬称略): もともと僕はインターネットが大好きで。インターネットの電子掲示板である2ちゃんねるへの書き込みを基にしたラブストーリー『電車男』を学生のときに見て、ハマった世代なんです。それから高校生2年生のときにブログをはじめました。他校の女子にモテたかったから。そしたらブログを通じて「るってぃさんですよね?」って、文化祭とかで知らない女の子から話しかけられるようになって。すごく嬉しくて。それが、僕にとって「発信」の原点であり最初の成功体験でした。

社会人になってからは、会社がつまんなくて「クビになって辞める」のを目標に、再びブログをはじめました。副業が禁止だったかどうかは覚えていないんですけれど、ブログ書いたことを怒られたら、キレてやめちゃえばいいかなって思っていました。結局、問題が起きることもなく自分で辞めちゃうんですけどね(笑)

日比:やめるときには、ブログだけで収入が十分にある状態だったのですか?

るってぃ:食べていけるほどの収益は、そのときはなかったです。でも、応援してくれる人はめっちゃいて。だから安心してやめられましたね。2016年6月に僕はフリーランスになったんですが、いまでは寝ても覚めても発信。ツイッターにはじまりツイッターに終わるような毎日です。

日比:そういう生活って、疲れちゃったりしないんでしょうか。

るってぃ:いや、好きだから疲れないですね。ツイッターもある意味仕事ですし、遊びとも言えるような感じ。仕事と遊びの境目がないから、気持ちにも余裕がもてていると思います。

例えば、アートとかって、もともとは人間が生きていくのに必要はないものじゃないですか。それでもアートが生まれたのって、人間には暇な時間があるからだと思うんです。暇があるから、新しいものが生まれる。現代人は忙しいから、イノベーションもなにも生まれない。

これに加えて、僕は小さいころから働きたくなかったんですよ。へらへらして生きていたかった。だから僕は、あえて「余裕」とか「遊び」といった「余白」の要素を大切にしながら生きたいなと思うんです。

22歳。NYで受けた衝撃で、人生が変わった

日比:そういう「余白」に価値を見出されたのは、何がきっかけだったんですか。

るってぃ22歳ではじめて海外にいったときがきっかけです。僕はそのころ大学生で、ダンスをしていたんですが、自分のせいで全国大会出場を逃してしまったって思ったことがあって。逃げるようにニューヨークに飛びました。そして、人生が変わったんです。

心の拠り所さえあれば、生きていける

日比:何がきっかけで、どのように変わったんですか?

るってぃ:いい意味で、働かないで生きている人たちとか、超テキトーだけど、なぜだか楽しそうに生きていけている人たち。そして敬語のない英語という言語。年上にも堂々とした態度をとる若者たち。そういう日本にはないものに出逢って衝撃を受けたんです。

それからダンスを通じて現地ニューヨークに住む人たちとつながっていったら、新しい居場所ができた気がした。すると怖いものがなくなって。たとえ何かに失敗しても、ここに戻ってくればいいや。そんな楽な気持ちになりました。そこからですかね、「明日死んでもいいから、やりたいことして生きていこう」って気持ちで生きていけるようになったのは。

あれから僕は、旅をするたびに人と出逢って、心の拠り所をつくっています。日本では、多くの人が会社や特定の地域やコミュニティなど、ひとつの環境に依存しているように思うんですが、僕はみんなもっとほかのところにも居場所を探していいんじゃないかなと思っています。そういった心の拠り所が、自信になって。その自信が、何か新しいことに挑戦する行動力になるはずだから。

大切なのは、弱みも晒しながら ストーリーで語ること

日比:新しいことに挑戦といえば、るってぃさんはクラウドファンディングを通じて複数のプロジェクトを立ち上げて、資金調達に成功されていますよね。なにかコツがあるんでしょうか。

るってぃ:二つあって。一つは、点ではなくて線として見せること。クラウドファンディングを通じて、みんなからお金をもらって実現したいことを伝えるわけですけれど、そのときに「これをしたい」だけじゃなくて「僕はこれまでこういうことをしてきて、こう感じて、だからこれをしたい」っていう風に語ることが大切だと思っています。プロジェクトの概要だけじゃなくて、プロジェクトの背景とか、それをしたい理由も、ストーリーとしてしっかり話す。

さらに、このストーリーを語るときに「弱み」もすべてさらけ出すこと。これが二つ目のポイントです。

例えばですけれど、東大卒で容姿端麗で女性からもモテる人がいたとして、そういう完全無欠な人って面白いですか。僕はそうは思わない。誰かが補わないと成り立たない「余白」があるから誰かが支えてくれるものだと思うので、僕はダメなところも見せてしまいます。

実際に、僕が弱みもさらしながらクラウドファンディングとかをしていると、知らない人からもたくさんメールが来て、心配してくれるんです。プロジェクトが成功するかどうか危ない時なんかには「大丈夫ですか?成功に向けての戦略はありますか?なにか手伝えることがあったら言ってください」って声をかけてくれる人までいる。

だから僕にとってクラウドファンディングは単なる資金集めではないんです。クラウドファンディングを通じて、自分を知ってもらう。仲間が増える。つまり、コミュニティが形成されるきっかけになることだと思っています。

「共感してもらうための、入り口づくりを」

日比:弱みもさらけ出して発信する。そういう等身大の自分を見せることって、大切だとわかっていながらもなかなか実践することが難しいように思います。

るってぃ:そうですね、例えば起業家の方で僕よりもずっとすごい事業とか価値のあるサービスを展開されているのに、発信という点(SNSフォロワーが少ないという点)では僕に劣っている人もいて。すごくもったいないなと思います。もっとダメな部分もみせちゃって、「余白」をつくったらいいのに、って感じますね。

もう一つ、起業家の方たちに対して思うのは、みんな難しい言葉をつかいすぎているということ。アルファベットの略語とか、難しい言葉を多く使っているために、やりたいことやその仕組みが伝わっていなくて、すごく損をしている気がします。

この点、僕は普段から言葉にはすごく気を遣っています。誰が読むか、その人にわかるメッセージになっているか。相手が高校生だったら、わかりやすく。もっと年齢が上だったら、難易度を上げて。アカウントごと、ツイートごとに、「読んだ人にわかるメッセージになっているか?」を真剣に考えているつもりです。こういう、共感してもらうための入り口に気をくばって、わかりやすい言葉をつかっていたら、自然にフォロワーもついてくると思います。

今後は、いままでの発信を通じて学んだことを、地方にいる起業家サポートに活かしたいとも考えていて。それが、僕にとっての次の挑戦です。

【編集部後記】

るってぃさんの魅力が多すぎて1記事に収められませんでした!後半2記事目では、るってぃさんによるツイッターテクニック論をお送りします。

北原梨津子
ライター
北原梨津子

ライター。 大学院在学中に、自動車業界Webメディア(レスポンス)にて記者のアルバイトをはじめる。地方の工場取材や、海外企業向けの東京モーターショーレポート制作などに従事した後、東大新聞オンライン編集長と取材先で出逢ったことをきっかけに、東大新聞での記事企画・取材・執筆にも従事。 このほか、たまたま大学の授業で隣の席に座った、翻訳家の方に誘われ、バングラデシュに拠点をおくアジア女子大学のファンドレイジング・広報活動にも2012年~携わる。 素敵でおもしろいなと感じた人や出来事について、メディアを問わず伝えていくことが好き。

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